2003年1月27日

587

全日本鉄道労働組合総連合会

 

7名の仲間の不当逮捕を許すな!

世界各国から釈放要求署名が続々と集まる

世界社会フォーラム/ブラジルからのレポート

 2003年世界社会フォーラムが1月23日から28日まで、ブラジルのポルトアレグレで開催されています。この会議には世界中からグローバリズムに反対する労働者・市民が参加しています。JR総連は昨年出した「反グローバリズム労働運動宣言」に基づいて、世界の労働者との連帯をつくり出すため、小田委員長・四茂野副委員長をはじめとする代表団を会議に派遣しています。現地からの報告が届いていますので紹介します。


 

JR総連のアピールが世界の労働者の注目の的に

 みなさまへ
 まず、うれしいニュースからお伝えします。不当逮捕された7人の仲間の釈放要求署名が続々と集まっています。全体はまだ数えきれていませんが、手もとにあるものだけでも50を超えています。地元ブラジルをはじめ、カナダ、コロンビア、エル・サルバドル、ウルグアイ、メキシコ、ニカラグア、グアテマラ、ニュージーランド、イギリス、キューバ、ベルギー、チリ、ボリビア、アメリカ、韓国、オーストリア、クロアチア、フランス、パナマ、スペイン、モロッコといった国の人が署名しました。

 22日夕刻から第2回世界労働組合フォーラムという催しが国際自由労連、世界労働組合評議会、ヨーロッパ労連の主催で開かれました。その場に、私たちはA2サイズのプラカードを首から下げて参加しました。片面には「不当逮捕された7人の仲間を釈放しろ われわれは鉄道労働者に対する日本政府の弾圧に抗議する JR総連」と英語で書いてあります。反対側の面には橋本さんのイラストをバックに「イラクへの戦争ノー NO WAR ON IRAQ」と書きました。
 このプラカードが注目の的になり、次々に質問がきます。そこでビラを手渡し、署名をお願いしました。新聞社やテレビ局も集まってきました。こちらから手渡すだけでなく、ビラをもらいに来る人、署名させろと言ってくる人が集まってきます。そうこうするうちに、一人の女性がJRUは会議で発言すべきだと言って、事務局とかけあい、2日目(23日朝)のセッションで発言する手配をしてくれました。
 そして23日、土砂降りの雨の中、私たちは胸をふくらませて会場へ。2日目も会場の人たちはプラカードを見、ビラを読んで次々に署名をしてくれます。

小田委員長の報告に多くの労働者が共感!

 いよいよ発言の番が来ました。小田委員長が演壇に立ち、他の団員も壇上でプラカードを掲げました。7人の仲間が不当逮捕され、真冬の拘置所に3か月も拘置されていること、日本政府がアメリカのアフガン攻撃に協力し、イラク攻撃を支援するためイージス艦をインド洋に派遣したこと、JRUがアフガニスタンに事務所を開設して支援活動をするとともに、憲法9条を踏みにじる日本政府に対して断固反対して闘っていること、そしてこの闘いを破壊するために今回の弾圧があることを力強く訴えると、会場からは大きな拍手がしばらく続きました。

弾圧に反対するのは世界の労働運動の常識

 演説している間も、フラッシュが絶え間なくたかれ、会場全体が話に聞き入っていました。議長団から、ぜひ7人の釈放を求める署名に会場内の参加者は協力してくださいとの要請があり、演壇から降りるとたちまち握手を求め、署名をさせてくれという人々に取り囲まれました。中には署名用紙を持っていって仲間の間で回してくれる人もいます。
 モロッコの100万人の組合員を擁するというナショナルセンターの女性がそのプラカードを是非欲しいと言って来たので、一枚をプレゼントすると、それを会場内でずっと掲げてくれました。こうして世界の仲間からの暖かい応援を受けることができました。
 労働組合を名乗る以上、逮捕された組合員を支援し、弾圧に反対するのは当然というのが、世界の労働運動の常識であることを改めて実感しました。
 第2回世界労働組合フォーラムはブラジルの労働大臣(ダボスに行ったルラ大統領の代理)の祝辞を受けて午後1時過ぎに終了しました。
 さて世界社会フォーラムの開会式へと思い、公式サイトで案内された会場へバスに乗って行ったのですが、どうも要領をえず、一向にはじまる気配もありません。港の倉庫で全員が再集合し、世界社会フォーラムの開会を告げる行進に合流するため人々の流れを追って歩き始めました。様々な横断幕、旗、大きな地球儀、張りぼての人形などを担いだ人々で道路は埋まり、前に進めなくなりました。
 あとでわかったことですが、これが行進の最後尾だったようです。太鼓、歌、演説、シュプレヒコール、踊りと賑やかなことこのうえない陽気なデモでした。しばらく行進を眺め、ホテルに戻ろうと別の通りを歩いて行くと、交差点ごとに行進が続いているのが見えます。たまたま行進をまたぐ陸橋に出て、下をみてびっくり。色とりどりの旗や横断幕がどこまでも通りを埋め、行進は延々と続いていました。
 ワークショップの日程がやっとわかりました。なんと、24日(つまり今日)の朝8時半から12時まで、カソリック大学の教室がひとつ割り振られています。まだ印刷されたプログラムは配布されておらず、これでは参加者にはまったく伝わりません。へたをすると誰も参加者のいないワークショップになりかねないという大ピンチです。相談の結果、8時半に会場に行き、プラカードをつくって宣伝して10時からワークショップをはじめることにしました。
 ワークショップの題名は「鉄道民営化と日本の労働組合」です。固いテーマですので、どうなることか蓋をあけてみないとわかりません。

1月24日  ポルト・アレグレにて


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 2003年1月27日

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全日本鉄道労働組合総連合会

 

2003年世界社会フォーラム(WSF)で

JR総連がワークショップを開催!

ブラジル(ポルト・アレグレ)からのレポート bQ

 「2003年世界社会フォーラム」(WSF)に参加しているJR総連派遣団から「JR総連のワークショップが無事終了した」との報告が入りました。現地ブラジルは日本との時差が11時間という地球の裏側。このWSFには世界128カ国からおよそ10万人もの労働者・市民・NGOが参加し、1700に上るワークショップが予定されています。
 JR総連は1月24日「鉄道民営化と日本の労働組合」と題するワークショップを開催しました。以下、現地からの報告を紹介します。


民営化問題と平和問題で世界の仲間と交流

みなさんへ
 JR総連のワークショップが無事終りました。次に向けて教訓にすることはたくさんありますが、世界社会フォーラムに参加し、ワークショップを開いたことは、一つの歴史的な足跡でしょう。
 24日金曜日、出だしから大変でした。前日の情報で午前の開催に備えていたところ、公式サイトを見ると午後からの開催となっていて、場所も違います。どちらを信じていいのかわからず、まあ午前からと思ってでかけようと、会場のカソリック大学(PUC)に着きました。入り口のインフォメーションで今日の催しのプログラムが配られていたので、さっそくチェック。午後からになっています。まあいいや、と会場の教室に向かいました。
 教室はすでに開いており、中は意外ときれいです。気をよくして準備をはじめました。壁に橋本さんのイラストを貼り、資料を並べ、黒板にワークショップのタイトルを書きました。外にも案内を貼りだし、準備が整いました。そうこうするうちにイラストにひかれて人が入ってきます。それをつかまえて、午後からのワークショップを宣伝し、署名をお願いしました。売店で買ったサンドイッチとジュースで昼飯をすませ、開会を待ちます。
 事務局にかけあって英語・ポルトガル語の通訳にも来てもらいました。さて、何人来てくれるかと、心配しているとポツポツ椅子に座ってくれる人が出てきます。
 定刻の13時半に10人ちょっとでワークショップが始まりました。たどたどしい英語の司会で、まず委員長あいさつ。それから参加者の自己紹介。途中からは車座になって議論をはじめました。途中から入ってくる人もいて、20人くらいの参加者があったでしょうか。
 参加した何人かの人が積極的に問題提起をし、その間にJR総連からの基調報告(大幅にはしょって短くしました)と常石先生(9条連代表)から9条連活動についての報告を行い、結構かみあった議論になりました。

 民営化問題では韓国の労働組合関係者から、国労の対応とJR総連の対応の違いについて質問がありました。またスウェーデンとオーストリアの労働組合は、今後の自分たちの参考にするので、あとで質問を送ると言っていました。
 韓国からの質問には大意、次のように答えました。
 「国鉄」であるということで民衆に役立つ公的サービスが保障されるわけではない。国鉄もまた企業や政治家や官僚たちの利益のために運営されてきた。公的サービスは民衆の側、労働組合の側からの闘いを抜きにして守ることはできない。たとえば、日本政府は鉄道の安全に関する規制をみずからやろうとはしない。われわれは闘いを通じて安全のための規制を企業に要求している。国営であれ、民営であれ、民衆のための公的サービスを確保するために労働組合が規制力を発揮することが必要である。このような安全を守るわれわれの闘いは、JR総連のこれまでの対応の正しさを証明している、と。
 労働組合以外の参加者も多かったので、民営化問題はあとに回し、平和問題に移りました。

 平和問題では、カナダから参加した人が1.18にバンクーバーで2万5千人の反戦デモを組織したこと、一昨年9月から行動を繰り返してここまできたこと、2.15に次の国際的な行動があるので一緒にやろうという呼びかけがありました。また、アメリカの参加者から、アメリカの労働運動は衰退し、反戦の行動も盛んではないが、日本ではどうかと質問がありました。
 私たちは、日本も同様に厳しいが、この日本労働運動の袋小路を突き破るために、報告したような様々な努力をしていることを伝えました。
 途中から、日本の大学に留学中のイギリス人学生やピースボートで来ている日本の若者6〜7人も参加して、結構なごやかな雰囲気で討論しました。橋本さんのイラストは、ピースボートの中に展示したいというので若者にプレゼントしました。若者の中には、もとJRに務め、JR東労組の組合員だった人もいました。


「対イラク戦争反対」で、活発な提言が飛び交う

 こちらでは、2月15日に計画されている対イラク戦争反対の国際統一行動で、盛り上がっています。昨夜、統一行動準備のためのミーティングがありました。
 1月18日にワシントンでは50万人が参加した、○○では××万人だ、今度はブッシュとブレアを追いつめるぞ、ヨーロッパではどこそこで、アメリカでも、いやエジプトのカイロでも、と景気のいい話が飛び交いました。
 アメリカの大量破壊兵器に対する国際査察団を送ろうという呼びかけがあったり、統一シンボルが決められたり、ラジオで世界を結んで様子を伝え合おうとか、いろんな国の人から様々な提言がありました。
 ここでは1月27日の夜、ノーム・チョムスキーの参加する会議の後、WSF参加者による反戦デモが計画されています。
 

1月26日  ポルト・アレグレにて


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 2003年1月29日

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全日本鉄道労働組合総連合会

 

2003年世界社会フォーラム(WSF)

地球の反対側で反グローバリズムの大きなうねり

ブラジル(ポルト・アレグレ)からのレポート bR

 「2003年世界社会フォーラム」は28日最終日となりました。現地では27日夜(日本時間28日午前)、約4万人による反戦デモが行われ、JR総連派遣団もデモに加わり、「対イラク戦争反対」、「逮捕された仲間の早期釈放を」とアピールしました。
 以下、熱気に満ちた現地の報告をお読み下さい。


会場は平和のメッセージに満ちていた

みなさまへ
 WSFもいよいよ最終日を迎えました。
 昨日は、このフォーラム最大のイベントがありました。巨大な屋内競技場ギガンティーニョで開かれた「『帝国』にどう立ち向かうか」という会議です。「帝国」というのは、ある講演者によれば、アメリカという国であり、IMF、WTO、世界銀行といった国際機関であり、多国籍企業であり、そしてこれらと結びついた思想、宗教、生き方だということのようです。
 会場を埋め尽くす人々の熱気のなかで、パレスチナとイスラエルの平和活動家があいさつし、ポルトアレグレ市長が平和のメッセージを読み上げ、「イマジン」の流れる中でパレスチナ・イスラエルの人びとが手を取り抱き会うと、会場総立ちの拍手がしばらくのあいだ鳴り止みませんでした。
 多国籍企業による開発と闘うボリビア先住民からの報告があり、アメリカの著名な言語学者で平和活動家のノーム・チョムスキーが講演し、インドの女性活動家から熱烈な発言を受け、会場の熱狂はクライマックスに達します。そしてデモ行進。
 

参加者とともに平和を呼びかけデモ行進

「リベルタ シンジカリスタス プレゾス」

(逮捕された組合員を釈放しろ)と現地語でシュプレヒコール

 ギガンティーニョから市の中心部に向け数キロの道を埋め尽くしてデモが進みます。色とりどりの旗や横断幕、太鼓、歌、踊り、シュプレヒコール。JR総連代表団も橋本勝さんのイラストの上に「NO WAR ON IRAQ」と書いたボードを下げ、JR総連と9条連、女たちの会の旗を手に持って行進しました。途中では、飛び入りのブラジル人と一緒に「リベルタ シンジカリスタス プレゾス」(逮捕された組合員を釈放しろ)とにわかじこみのポルトガル語でシュプレヒコールをやりました。
 このたった6人の奇妙なデモ隊は注目の的となり、いろいろな国の人がやってきては「どこから来た」「日本からだ」「そうか グッド」という会話の後、記念撮影、握手というパターンが繰り返されました。また行進の様子をビデオで克明に撮っていく人もいます。本来の意味のデモンストレーションをしっかり実現できたと思います。
 時間は前後しますが、昼過ぎからは運輸関係労働組合の集会に参加しました。例のボードを下げて会場を歩いていると、鉄道労働組合の人が話しかけてきて、組合員が逮捕されたことを伝えると、あの民主的な日本でそんなことが起きているのかとびっくりし、協力を申し出てくれたのです。昨夜10時に話し合いをもち、彼らは用意して行った英語のビラをポルトガル語に訳して、彼らの集会に配布してくれました。集会冒頭、議長の挨拶で日本の労働組合への弾圧が報告され、私たちが紹介されると、大きな拍手が寄せられました。握手、握手の後、会場を出ると、今度は待ち構えていたジャーナリストから弾圧についてのインタビューを受けました。
 ところで、コロンビアでは労働組合活動家への襲撃、暗殺が日常化しており、昨年だけで148人が殺されているそうです。武装組織が家に押し入って組合幹部を連れ去り、その後射殺死体で発見されるということが起きています。弾圧との闘いをもっと国際的な連携の中でつくりだすことの必要性を強く感じました。
 

1月28日  地球の反対側から


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 2003年1月31日

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全日本鉄道労働組合総連合会

 

2003年世界社会フォーラム(WSF)が閉幕

労働者の国際連帯を現実として実感

ブラジル(ポルト・アレグレ)からのレポート bS

 第3回世界社会フォーラムは28日に閉幕しました。
 世界社会フォーラムは、新自由主義的グローバリズムを追求する先進国の政財官によって開催された「世界経済フォーラム年次総会」(ダボス会議)に対抗する、反グローバリズムの世界的運動として、「もう一つの世界が可能である」を合言葉に開催されました。
 日本のマスコミではほとんど取り上げられませんでしたが、今年のフォーラムでは、差し迫るイラク問題を反映して「イラク戦争反対」の声が高まり、反戦運動の大きな盛り上がりと熱い連帯がつくり出されました。
 小田委員長をはじめとするJR総連派遣団は、このフォーラムの全日程に参加し、ポルト・アレグレで創意的な闘いをつくり出し、多くの成果を得ることができました。
 真夏のブラジルから送られてきた最後のメールに感想が綴られていますので、お読み下さい。


1月30日  地球を半周する旅がはじまります

 コンパニョラス、コンパニェロス
 いよいよ日本に向けた長旅のはじまりです。その前に、ポルト・アレグレに来て感じたことをいくつかまとめておきたいと思います。

 第1は、アジアでも中南米でも日本を含む多国籍企業(マルチナショナルズ)と権力者たちが、資本論第24章の「根源的蓄積過程」で描かれたような収奪を繰り返しているという、まがいもない現実を直視しなければいけないということです。人々を住んでいた土地から軍隊の暴力で追い出し、そこに港や空港、工業団地をつくり、多国籍企業の工場が進出します。周囲に公害を垂れ流し、土地を奪われた人々を劣悪な労働条件のもとでこき使い、労働組合をつくろうとすれば暴力的に弾圧するということが繰り返されているのです。
 日本人は何も知らず、この収奪によって築かれた富のおこぼれをもらって、眠り込まされています。その一員である日本の労組幹部たちは、多国籍企業の尖兵となって国際競争力の強化を叫び、海外進出を後押ししているのです。

 第2は、中南米でもアジアでも多くの人びとが暴力的な抑圧、弾圧にさらされているという事実を知るべきだし、彼らへの支援は、労働組合の先ず取り組まなければならない最優先課題だということです。コロンビアではこれまで8000人の労働組合指導者、活動家が暗殺されています。似たような状況が、様々な国に広がっています。

 そして、厳しい弾圧のもとにある労働者たちは、7人の仲間の逮捕を聞いて、我がことのように心配し、署名に協力してくれました。小田委員長の訴えは熱烈な拍手で迎えられたのです。労働者の国際連帯ということを、単なる言葉ではなく現実として実感したのが今回の経験でした。それが第3の感想です。

 第4に感じたのは、運動のあり方にかかわることです。多様性ということが随所で語られていました。第1インターナショナルが1864年にロンドンのセント・マーチンズホールで結成されたとき、そこには実に多様な労働組合、社会運動の代表者が集まっていたではないか、といった話がパネリストからとびだしてきます。自分達こそ唯一正統な労働者階級の利害の体現者だといった考えとは相容れない運動理念がこのフォーラムの場を支配していますし、それはきわめて正しい理念だと感じました。このことは、じっくり考える必要があると思っています。

 最後に、日本の現実の惨めさをつくづく感じました。一つには運動の貧しさです。細分化し対立しあう方向にばかり向かう運動は、魅力を失い、反戦行動でもアメリカやヨーロッパのような幅広い結集ができません。そもそも、労働運動をはじめ様々な社会運動の指導者たちは国際的な視点をほとんど持ち合わせていないのが現実です。狭い狭い自分達の世界を後生大事に守ることに汲々としているのです。もう一つは人々の生き方です。ある人から、「日本は国が豊かでも民は貧しい、ブラジルは国貧しくとも民豊かだ」といわれました。まさにそのとおりだと思います。このこともじっくり考えてみたいと思います。

 それでは日本でまたお会いしましょう。
 

1月30日  真夏のブラジルにて


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