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9.22 服部さん追悼・抗議集会
アピール
集会に参加された尼電の仲間の皆さん、服部さんはもういません。しかし、私たち一人一人の心の中に「会社に負けるな、仲間と共に手を携えて一歩一歩進んでいけ」と語りかけているのではないでしょうか。
服部さんがこうなる前にどうにかならなかったのか、何とかしたかったと後悔の念でいっぱいだろうと思います。
服部さんの「西労結成10周年・私の想い」でも見て取れるように、尼電発足から古園を中心とした管理者は、仲間に対し「長期乗務停止攻撃」や「人権無視」の蛮行を繰り返してきました。これに対しこの間ずっと悔しい思いをし、そして仲間や自分に対する管理者からの暴言・恫喝を受けてきたことに怒りがうかがえるのではないでしょうか。そして、些細なミスによる「日勤教育」と称する「いじめ」が自分に降りかかり、「過酷なレポート書き」「山口指導総括助役人権無視の言動」によってプライドをズタズタにされ、服部さんは追い込まれていった、これが事実ではないでしょうか。
こうなることを許してしまった責任の一端は私たちにもあると思います。しかし、企業権力を振りかざし、安全を顧みない「徹底した労務管理」「社員への責任転嫁」に狂奔するこの企業体質の、そして尼電管理者の「人を人として扱わない」「社員を社員として扱わない」責任追及の犠牲になったのが服部さんだったのではないでしょうか。
尼電管理者は、服部さんの「死」に対して何かしましたか。自区の社員が亡くなったのに「追悼」の意を表しましたか。何もしていません。それどころか、服部さんの死の原因は「借金苦」「組合の悩み」などと噂を流しウヤムヤにしようとしているだけでしょ。
支社はどう言っているのかと言えば、2年前の服部さんの手帳に記された、片山指導助役(当時)からの「首を吊ってもしったことではない」と言い放った事実を「首を切られても仕方がない」とすり替えてきました。これが今の会社の現実です。
私たちは、服部さんが亡くなった当日から本部・地本・支部・分会、そして組合員の皆さんと深い悲しみのどん底の中で論議を重ねながら、今やれることを皆さんと共にやってきました。そして国労・建交労の組合員の皆さんに励まされながらここまできました。
本日の集会でハッキリしたことは、JR西会社が服部さんを「死に至らしめた」事実と、第二の服部さんを出してはならないことです。そのために私たちは何をするのか、それは「職場の日勤教育を改めさせる」「安全・人間性尊重の職場風土を確立していく」「会社の姿勢を変えていく」ことです。服部さんの「死」を無駄にしてはいけません。服部さんの意志を受け継いでいくことが私たちの使命であると考えます。
「引けないものは引けない」「譲れないものは譲れない」、このことを確認し、労働者としての魂をもって、皆で出来ることを確実に一歩一歩、前に前に、一人でも多くの仲間をつくりながら進んでいこうではありませんか。
服部さんの「抗議の死」を忘れず、実のあるものとするために!
2001年9月22日 服部さん追悼・抗議集会
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